“不安や恐れを感じる人生”から”愛を知り体現する人生”へ転換せよ

“不安や恐れを感じる人生”から”愛を知り体現する人生”へ転換せよ

こんにちは。さきちです。

.

自分の人生から学ぶことっていうか

気付くことって本当に多いよね。

というより、それしか学ぶべきことはないのかも知れない。

だって人の話をいくら聞いても

究極的には、自分のものにはなかなかなりにくいでしょ?

だからやっぱり

自分に起きたこと、起きていることから学ぶ必要があって

それが最も大切なことだと私は感じています。

でね、ここからが私の気付きなんだけれども。

みんなたぶんそれぞれに

人生の”テーマ”ってあると思う。

私は今まで

大きなテーマみたいなものって考えてこなくて、

ある出来事があってそこから学べること、

みたいな感じで

具体的な事柄に注視していることが多かったのね。

でも本を読んでいて

あるフレーズからピンときたことがあったの。

統合とは『恐れや不安』から『無条件の愛』へシフトしていくこと、って。

そんな内容だったと思う。

(今ラーメン作ってるんだけど、この記事書き終わるまでに麺がたぶん伸びる。でもいい笑)

で、私はあまり『統合』というワードが好きではない。

統合ってなんか無理やり合わせる感があるから。

融和とかの方がいいなって思う。

まぁそれは置いといて。

.

とにかく今の時代、分離から統合って言われてるんだよね。

2つから1つにしていくってことだよね。

恐れや不安があると、自分からその部分が分離するんだよね。(シーソーゲーム)

元の自分が安心とか愛とかそういうものだとすれば、それはそうなるよね。

だから

そういったネガティヴなものを外していって

最終的にに一つになろうというイメージなのかなと思う。

そっちの方が楽だもんね。

で、この文章を読んだ時、

はっとしたことがあったの。

私の人生、いつも大きな恐れや不安があったなって。きっとみんなそれぞれあると思う。

私の場合は

『学歴がないとちゃんと生きられない』

という恐れや不安から選択をする人生だったんだよね。

学歴や肩書に縛られるというか憧れるというかそんな人生。

一度はきちんと公務員になった。

だけど今は主婦。肩書も地位もなんもない。笑

それはそれで

社会の役に立ってないような恐れや不安があってさ。

結局どっちであっても恐れや不安に苛まれていたわけ。

つまりね、

公務員になって安定したはずなのに

私は病気に苛まれていたし、

人生このまま終わるのか?と謎の不安に苛まれていた。

仕事を辞めて

結婚して出産して

仕事をしなくて良くなっても

社会に取り残されたような不安に苛まれていた。

これってなんなん、、、

こんなことってある?

.

どっちに転んでも

私はどこかでいつも

心配事や不安に心や頭を支配されていて、

そこから逃げ出すために

何らかの方法論を探し続けていたんだよね。

.

何かになりたくて

目標を見つけてはやってみて

でも違うな、なんかな、って。

.

外側に何かを見つけては取り入れてくっつけて

違う自分になろうと頑張っては諦めて。

.

でね、これってなんでかなって思ったんだけど、

何でだと思う?笑

いったん考えてみて。

.

.

.

私もまだ真にここから抜け出ていないの。

でもラーメン食べながら思いついたというか繋がったというか、(食べてるんかい)

それはね

比較

なんだよね。

言うならば『他人との比較』だね。

.

完全に無意識でやっちゃってる。

.

だって”今”この瞬間

ここにいる私って、

幸せにラーメン食べてて

正直なんの不安もなく

安全な屋根のあるおうちにいて、

行きたい時にトイレに行けて

おならもできるし(え)

休憩もできて、

家事を好きな時にやって、

時間が来たら子どもたちと遊んでって。

控えめに言っても最高なのに

なぜか心では

私、誰かの役に立ってますかね?って思ってるんだよ。

.

いいやん、別に。

誰かの役に立たなくても。

少なくとも自分に課された最低限の仕事はしてるし

なんなら子育てなんて

スーパー超絶大変なお仕事を担ってる。

未来の宝を育ててる笑

(そして毎日、世界の安寧を祈ってる。)

これって、

他の人と比べてるから

こういう思考が出てくるなって気付いたんよ。

私、実際のところ

とてもハッピーなのにね。(大事)

どうしてそれを

味わおうとしないのだろう。

味わおうとすると、罪悪感が出るのだろう。

きっと、

わたしの母がそうじゃなかったことも

影響してるのかもしれないね。

(母が家でゆっくりしての見たことがなかったから)

だとしたら

私に罪はない。

もちろん母にも、

他の人にも罪はない。

さて、

それなら

比較』はドブに捨ててしまおうか。

.

だから

私は自分1人でいたいんだな。

他の人と比較してしまうから。

主に外でバリバリ働いている人とね。

.

でもそんなの関係ねぇ!

って言えるようになったら

きっと私は

自分とこの生きてきた人生を

丸ごと愛して受け入れることができるのかもしれない。

.

私ね、本当に今が好きだよ。

私は私のままでいい。

この自由を

この優しい家族を、

これを手に入れたくて

ずっとずっとイバラの道を歩んできたって思うから。

.

ただ1人認めない者が、

ラスボスが

自分の中にいるって、

このことに気付けたら

きっともうほとんど

最終関門は終わりだ。

.

気付いたら終わり。

.

あとはもう

君は、

私を責める

幻のワタシは、

居なくなる。

そうでしょう?

ほら、ね。

error: Content is protected !!