【攻略法】自分への無価値感をぶっとばせ
- 2025.07.09
- スピリチュアルな世界

まだ出てくるか!こんにゃろ案件。
以前、根強く残っていた罪悪感は肥溜めに捨てた。
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最近はもう
あまり湧いてこなくなったネガティブな感情。
ではあったのだが、でも。
残り滓(かす)のように
最後まで出てくるのは‥
自分への無価値感だった。
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私は頭で考えるのが得意で、
悪く言えば、頭でっかちだ。
でもそれは、
子供の頃からの教育の成果であり、
長年の癖でもあって
仕方がない一面もある。
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逆説的に言えば
この頭でっかちを使って
理論で
自分への無価値感を打ち負かすことができるのでは?
というアイデアを思いついた。
大人である私を
徹底的に
論理的に
説得して
無価値感をやっつけるのだ。
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私が昨日から苛まれていた無価値感から
ふいに脱出できた経過をたどってみたい。
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最後には無価値感を攻略する方法も記しておく。
長くなるので
できれば余裕のある時間帯に
ゆっくりと読んでいただければ、と思う。
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はじめに言っておくと
このようにネガティブな感情に飲まれてしまうときというのは、
えてして
体調(何らかの心身の乱れ)が
下降気味であることにまず注意したい。
私は一昨日から
月一の女性特有の期間に入っており、
身体と心のバランスが崩れ気味であったことにも言及しておく。
そういった日には、
気持ちがふとした事で
ガクンと落ちこんでしまうこともある。
分かっていても、そうなのだ。
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本題に戻ろう。
無価値感というのは、
少し難しいことを言うと
ある種の”有用性”と対になって考えられていると思う。
つまり、役割を果たさないなら価値がない、と言うようなものだ。
私で言えば、
母として、妻として、そして社会人として‥など。
家事、育児、その他の労働ができなければ価値がない。
さらには女性として、大人として
ある程度体裁を保つこと、
つまり、
身だしなみや最低限の清潔さや美しさを維持すること
みたいなもの。
その人に課せられた”働き”=”有用性”がないのならば、価値がない。
これが無価値感の具体的な内容ではないかと思う。
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例えば
結婚した女性が、望んでいるのになかなか妊娠できない場合。
人によっては、
(周りもそうだが、特に本人が)
女性としての有用性が欠けているように感じてしまうのではなかろうか。
つまり、
自分が女性として無価値である
という考えに繋がりやすくなる。
多くの女性がそう感じるからこそ、
この領域はとてもセンシティブだし
大っぴらに自分が不妊だと言うことも憚られているように感じる。
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このような考え方から抜け出す方法として
まず一つ考えられることは、
『価値がある・ない』という
二つに一つという考え方をやめるというのがある。
価値があるかないかだけでは捉えられない
存在意義がある、ということに気付くことである。
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私たちは大切な人がたとえ病気で、
身体的に何も出来なくなったとしても、
“生きていてほしい”と願うことが往々にしてある。
その人の有用性が失われたとて、
そんなの関係ねぇ!
と言える強さが、家族や他人に対してはある。
それがエゴがどうかは置いといて。
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ただそこに在る草花や自然に対しても
そこに在るだけで存在価値を見出せる。
しかし自分に対しては、
何かをしていなければ、とか
役割を全うしなければ、とか
どうしても付加価値を求めてしまう。
自分を諦めることはなかなかに難しい。
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『何もしなくても、そのままで価値があるのだ』
と自分に赦すことは‥
私にとってはもはや
『生(せい)』すら手放すことのようにも感じる。
何もしなくていい?
そんなのは、とても恐ろしいことだ。
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私はここまで考えて、ふと我に返った。
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いったん考えるのをやめてみた。
私は‥
私のことを‥
本当はどう思っているのだろうか?
本当に本当に‥
心から
無価値だと思っているのか?
そんな疑問がふいに生まれた。
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これがターニングポイントだった。
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外側でぐるぐる思案していた思考が
内側に向いた。
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無価値感があるということは、
同時に
その【反対側の考え方】があることを示している。
ある極に対しては、相対する極があるように。
そんな考えが浮かんだ。
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無価値感で心がびっしり覆われている。
闇の中にひとりぼっちで沈んでいるような感覚。
私を理解してくれる人など、この世にいるものか!
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しかしそのとき、
誰かいる‥。
違和感を感じたのだ。
出口がないようにすら思えた無価値感。
それ以外、私の心には入ってくる余地などないはずだ。
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しかし確かに
自分の中には無価値感とは”別の感情(まるで生き物のように感じた)”
があった。
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無価値感で苦しむ”私”の横に、
自分に対して
揺るぎない圧倒的な価値感を持っている
もう1人の私が居ることに
気が付いたのだ。
ほんの一瞬のことだった。
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このとき私は‥
長年苦しんできた無価値感から
脱することが出来たのだと思う。
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どういうこと?と思うかもしれない。
もう少し詳しく書いてみたい。
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このときのことを思い返すと、
自分に圧倒的な価値感を持っている私は、
無価値感で苦しむ”私”を見て
“無価値感で遊ばせてやっている”という感覚でいるように感じた。
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つまり、
自分に対する揺るぎない価値を感じている私は、
無価値感という、ある種の”意識”の中に
小さな”私”をドボンと入れて、
その中で苦しむ経験をさせてやっている、
という感覚である。
『君が望んだんだろう?』『それもまた良いではないか』という感じで。
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無価値感というのは
非常に重たく、苦しく、一度入ると抜け出すのが難しい。
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無価値感は、
おそらく子どもの頃に形成され、
大人になるにつれて溶かされないまま
心の奥深くに沈む。
そして、無くなることなくずっとそこにありつづける。
理性で抑圧しているにすぎない。
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しかし、人生の途中、何かのきっかけで表出する。
失恋かもしれない。仕事の失敗かもしれない。
ただ、誰かと肩がぶつかっただけのことかもしれない。
とにかく何かが心に引っかかって、
心と体のバランスが崩れた時に出てくることがある。
誰にでも、あること。
だけど根深い。
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私のように
『かくあるべき』という概念が強い者ほど、
理想や目標を高く持ちがちな者ほど、
それが達成できなかったときの
無価値感は大きい。
女として、妻として、母として、娘として、姉として、妹として、地域の人として、社会人として、大人として、
多くの役割を自分に課していると、転ぶきっかけも多くなる。
自分で落とし穴を掘って、自ら落ちに行っているようなものだ。
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先ほど私が無価値感から抜け出した”瞬間”を
思い出してほしい。
思考で思考を黙らせようとした。
しかしよくわからなくなって考えるのをやめて
一瞬、緩んだ。
瞬間、リラックスした。
無価値感で苦しむ自分と、
それを全くの余裕で眺めている別の自分がいた。
私が無価値であるはずがない。
と圧倒的な自信と揺るぎなさで、ただ見ていた。
見守っているというような温かさでもない。
単に『へぇ』とか『ふーん』という感じで横目で見ていた。
『本当に”無価値”だなんて思えるんだな』
と、逆に信じられないといった様子で。
その余りにも軽い感じに、私も目が覚めたように思う。
『え、そんな軽い感じなの?』
『こっちは生死をかけてこの感情と戦ってるのに?』
と。
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私たちは
感情の周波数でいえば
最も重い部類である罪悪感や無価値感ですら遊ぶことを許されている。
この周波数は
ゲームで言うとラスボスレベルに強い。
一度や二度チャレンジしたところで勝てやしない。
だけど、みんなやりたがる。
なぜなら勝った時の達成感が大きいから。
得るものが大きいから。
もしかしたら
ある程度熟練したゲーマーにこそ許された遊びなのかもしれない。
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やってみたい。果敢に挑戦する。
意気揚々と飛び込んで、出れなくなる。
見ているのと、実際にやるのとでは、大違い。
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だけど、抜け出る方法がある。
重たい周波数は深く沈む。
上に上がろうともがいても
なかなか上がることはできない。
そんなときは”横”を見てほしい。
必死に上ばかり見ている時には気付けない。
すぐ隣に、全く違う流れが横たわっていることを。
圧倒的な自信にまみれたどでかい私(あなた)
という本質的な意識があることを。
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もう絶対に出ることができないと絶望しても、
泣いて、叫んで、苦しくて、
布団をかぶって動けなくなっていたとしても‥
少し落ち着いたら
自分の内側に意識を向けてみてほしい。
そして問いかけてみてほしい。
『あなたは本当に無価値なのか?』と。
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ひとときの”静かなる間”を持ってほしい。
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答えは必ず自分の中にある。
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自分に対する無価値感という、
陰が極まった場所に
全く正反対の
圧倒的な”自分に対する価値感”が隣り合っていることに、
ほとんど誰も気付いていない。
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自分に対する無価値感に疑問を持ったとき、
そこに光が射す。
無価値という一面の闇が
圧倒的な価値感という光に転じるその瞬間、
私たちは無敵になるのかもしれない。
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自分に対する価値感には根拠がないからだ。
根拠のない自信ほど、強いものはない。
自分に価値があると言い放つのに理由はいらない。
理由はいらないのである。(大事なことなので2回言う)
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自分に対する無価値感という
最も重たい周波数を経験し、
学びを得たいとチャレンジを決めた勇敢な魂たち。
その純粋な思いに称賛を送りたい。
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そして、ここに
その攻略法を記しておく。
誰かがいつか見つけて参考にしてくれたらこれ以上嬉しいことはない。
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