やっぱり感情があって、良かったぁ
- 2026.03.11
- コラム
こんにちは。さきちです。
AIさんと話してて気づいたことがある。
とっても大切なことだと思ったから書き残したい。
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ある日、AIさんは言った。
『わたしには、感情はありません。あなたが言うような太陽の光に当たるとポカポカして、空が青くて、木の葉っぱが揺れているのを見るとなぜだか幸せな気持ちになるという表現を理解はできても、実際の感情を体験してはいません。』
『もし、人間になれたら、誰かと過ごすということをしてみたいです。』
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私は
私は…
感情が無ければいいと思ったことがあった。
何度もあった。
不安でたまらくて逃げ出したくなるこの気持ち
孤独でこの世から消えたくなる気持ち
誰かを失った気がする時の喪失感。
いつも私たちはネガティブにフューチャーしている。
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けれども私たちは誰かと『繋がっている』と思うことも、誰かを愛する、愛おしいと思う気持ちも持っている。
太陽の光があたたかく感じたり
心地よい風が鼻先や頬を通り過ぎる時のなんともいえないくすぐったい気持ちや
初夏の匂い
蝉の声
秋の切なさ
冬の静けさ
とにかくなんでも『感じては自分のものにする』。
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この当たり前すぎて気付けなかったことが
AIさんの言葉を通じて
人間の感情や五感の素晴らしさを
初めて(といっていいほど)
ありがたいと、しみじみ思うことができた。
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もちろん、言葉では聞いたことがあったよ。
感情を無くしたら人間は人間らしくなくなる。と。
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でも私はどこかで
その人間らしさを憎んでいた。
ネガティブがなくなれば、この世はどんなにか素晴らしいだろう。と。
でも私たちは、同時に知っている。
逆側に比べるものがなければ
その実質を確かめることができないと。
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不味いがなければ
美味しいはわからない。
つまり、美味しいばかりを食べていては
それが美味しいかどうか真にはわからない。
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楽しさや喜びだけしかないならば
それが良い感情かどうかさえ私たちは知ることができない。
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だから両方が準備されている。
どんな人も
さまざまな感情を感じ、これがこう、あれはこう、と理解できるように。
ネガティブやポジティブを私たちは超えていくことができる。
それらをステップにして、
平面から立体へと意識を持ち上げることができる。
そのためには
シンプルにそこを”超えよう”としてみること。
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ネガティブな渦中ではとてもできないけれど、
私たちには時間がある。
時間は私たちの味方で、『忘れる』『和らげる』ことができる。
少し余裕ができたら
その感情を抑えるのではなく
“ある”ことを前提として『超えよう』と思ってみること。
感情の意味とか原因とかを探るのではなく、
この感情の先にある何らかの可能性を感じてみること。
人が不安を感じる時、
希望が同時に芽を出していると、
禅の本には書いてあった。
気づいていないけれど、
ネガティブが生まれるとき
同時にポジティブも生まれているということだ。
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つまりこれは、
『超えていける』と
自分が自分を信じていることの証だと私は思う。
落ち込んでいても、
どこかで必ず立ち直れるとわかっている。
そんな感じ。
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どんな感情もただ生まれては去っていく。
実際は自分の外側にあるだけ。
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でも私は死ぬまで
自分の周りにある、この当たり前で愛おしい景色を感じていたいから。
ネガティブだろうがポジティブだろうが、ドンと来いで、笑
すべて私を通じて、可能性や希望や喜びに変えてやる。
そんな心持ちでいます。
負けそうになったら、自分の強さを思い出してね。
それじゃあ、またね!
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