第三子がやってきた!
- 2026.05.19
- コラム
こんにちは。さきちです。
人生は予想がつかない。
1年前、私がもう一度妊娠するだなんて
誰が予想しただろう₍ ᐢ. ̫ .ᐢ ₎
40歳の春。
私はもう一度新しい命を授かった。
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2人の娘が私の手から徐々に
そして加速度的に離れていく姿を見て
私はうれしかった。
と同時に寂しかった。
小さな小さな手は少しずつ大きくなり
あどけなくも少女の顔が見え隠れするようになった2人。
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私はある日、未来の自分から手紙をもらった。
短い手紙だ。
『私は今、50歳です。未来の自分が、”あのときこうしておけばよかった!”と思わないような選択を。どうぞ今してくださいね。』
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私は50歳で、後悔していることがあればなんだろう?とふと考えた。
女性なら直感的に思うかもしれない。
もう子供を産むことはできないだろう、と。
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私は2人の娘を育てることで精一杯だった。
本当に余裕がなくて
もう1人、だなんて望むことすらできなかった。
娘たちは8歳と6歳になり、
言葉を理解して、手伝いすらしてくれる。
もしかしたら、もう1人迎えることができるかもしれない。
そう考えたら、お腹の中がうれしくて沸き立った。
『おー!この人、やっと覚悟を決めたみたいだぞー!』と声が聞こえてきそうだった笑
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それでも1人では赤ちゃんを授かることはできないので、夫と話した。
『もう1人産みたい』と率直に何度も伝えた。
夫も納得してくれて、この春、
奇跡のように新しい命がお腹に芽生えた。
陽性の妊娠検査薬を見た時、手が震えた。
.
私は小さい頃、三人兄弟の真ん中で
どちらも二歳差だった。
兄弟からさまざまな刺激をもらって、育った。
そのどれもがきっと必要で、
そして、この両親からしか学べないことを学び、
今に至ったんだと思う。
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正直にいうと
母はずっと子どもを育てることに余裕がないように見えた。
いつも働いていて時間がなかったんだと思う。
東京で子育てするって想像できないほど大変だったと思う。父はマイペースだしね笑
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だから私は『子どもは産まない』と母に伝えたことがあった。
でもね。お母さん。
やっぱり違った。
お母さんは忙しそうに見えて、
私はいつも母の背中から
愛がこぼれ落ちているのを受け取っていたんだね。
私が学校に行く時間には、いつももう母は出勤して居なかった。
だけど毎日お弁当が机の上に載っていた。
.
何度も何度もぶつかったね。
愛を確かめまくっていたね。
本当はもっと私が手伝ってあげれば良かったね。
でもお母さん。
お母さんが私の愛を真っ向から受け止めてくれたから、
おかげで私は、子供達に愛を渡すことができる。
でもまだ未熟で不器用だから
ときどき子どもたちに辛く言ってしまうことがある。
それでも子どもたちは
無償の愛で私を愛して、赦して、抱きしめてくれる。
子どもたちは本当にすごい存在だね。
私も、お母さんにそれができていたのかな?
もしもこの世に真実があるのなら
それはきっとこんな風に
愛する存在をまるごと赦すことなのかな?
そんな風に思うよ。
.
もっともっと
一瞬一瞬を大事にしよう。
今はそんな風に思っています。
.
もしも”わたし”という名の神さまの一滴が
私の人生を設計したのなら、
そのあなたに感謝します。
“わたし”を与えてくれてありがとう。
“体験”をさせてくれてありがとう。
この世界は愛が見えないようになっているだけかもね。
自分の力で見つける喜びを味わえるように。
そうか。そうだったのかー。
愛のかくれんぼだ。
.
それならば、
わたしはこの先
この人生が終わるまで
時が止まるように深く、すべてを味わい尽くしたい。
かくれんぼしている愛を全部探して
『見つけたよ!』ってみんなに報告しよう。
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