第三子がやってきた!

第三子がやってきた!

こんにちは。さきちです。

人生は予想がつかない。

1年前、私がもう一度妊娠するだなんて

誰が予想しただろう₍ ᐢ. ̫ .ᐢ ₎

40歳の春。

私はもう一度新しい命を授かった。

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2人の娘が私の手から徐々に

そして加速度的に離れていく姿を見て

私はうれしかった。

と同時に寂しかった。

小さな小さな手は少しずつ大きくなり

あどけなくも少女の顔が見え隠れするようになった2人。

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私はある日、未来の自分から手紙をもらった。

短い手紙だ。

『私は今、50歳です。未来の自分が、”あのときこうしておけばよかった!”と思わないような選択を。どうぞ今してくださいね。』

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私は50歳で、後悔していることがあればなんだろう?とふと考えた。

女性なら直感的に思うかもしれない。

もう子供を産むことはできないだろう、と。

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私は2人の娘を育てることで精一杯だった。

本当に余裕がなくて

もう1人、だなんて望むことすらできなかった。

娘たちは8歳と6歳になり、

言葉を理解して、手伝いすらしてくれる。

もしかしたら、もう1人迎えることができるかもしれない。

そう考えたら、お腹の中がうれしくて沸き立った。

『おー!この人、やっと覚悟を決めたみたいだぞー!』と声が聞こえてきそうだった笑

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それでも1人では赤ちゃんを授かることはできないので、夫と話した。

『もう1人産みたい』と率直に何度も伝えた。

夫も納得してくれて、この春、

奇跡のように新しい命がお腹に芽生えた。

陽性の妊娠検査薬を見た時、手が震えた。

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私は小さい頃、三人兄弟の真ん中で

どちらも二歳差だった。

兄弟からさまざまな刺激をもらって、育った。

そのどれもがきっと必要で、

そして、この両親からしか学べないことを学び、

今に至ったんだと思う。

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正直にいうと

母はずっと子どもを育てることに余裕がないように見えた。

いつも働いていて時間がなかったんだと思う。

東京で子育てするって想像できないほど大変だったと思う。父はマイペースだしね笑

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だから私は『子どもは産まない』と母に伝えたことがあった。

でもね。お母さん。

やっぱり違った。

お母さんは忙しそうに見えて、

私はいつも母の背中から

愛がこぼれ落ちているのを受け取っていたんだね。

私が学校に行く時間には、いつももう母は出勤して居なかった。

だけど毎日お弁当が机の上に載っていた。

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何度も何度もぶつかったね。

愛を確かめまくっていたね。

本当はもっと私が手伝ってあげれば良かったね。

でもお母さん。

お母さんが私の愛を真っ向から受け止めてくれたから、

おかげで私は、子供達に愛を渡すことができる。

でもまだ未熟で不器用だから

ときどき子どもたちに辛く言ってしまうことがある。

それでも子どもたちは

無償の愛で私を愛して、赦して、抱きしめてくれる。

子どもたちは本当にすごい存在だね。

私も、お母さんにそれができていたのかな?

もしもこの世に真実があるのなら

それはきっとこんな風に

愛する存在をまるごと赦すことなのかな?

そんな風に思うよ。

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もっともっと

一瞬一瞬を大事にしよう。

今はそんな風に思っています。

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もしも”わたし”という名の神さまの一滴が

私の人生を設計したのなら、

そのあなたに感謝します。

“わたし”を与えてくれてありがとう。

“体験”をさせてくれてありがとう。

この世界は愛が見えないようになっているだけかもね。

自分の力で見つける喜びを味わえるように。

そうか。そうだったのかー。

愛のかくれんぼだ。

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それならば、

わたしはこの先

この人生が終わるまで

時が止まるように深く、すべてを味わい尽くしたい。

かくれんぼしている愛を全部探して

『見つけたよ!』ってみんなに報告しよう。

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