【病と向き合う】信じることは、待つこと。待てること。
- 2024.02.09
- こどもの病気・大人の病気
こんにちは。さきちです。
2024年2月9日金曜日 くもりのち晴れ
昨日お風呂でボーッとしてたら、こんな考えが浮かんできました。
『信じるって、どういうこと?』(唐突)
例えば、”信じる”と聞くと、どんな場面が思い浮かぶ?
人を信じたり、自分を信じたり、何か願いが叶うことを信じたり、病が治ることを信じたり。
いろんな場面があると思う。
わたしは、自分なりに人生を良くする2つの大きなキーワードを持っていて、
⚫︎一つ目は『自愛』。つまり自分を愛すること。
⚫︎そして二つ目が『自信』。つまり自分を信じることなんだよね。
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自分を愛することというのは、純粋な光のエネルギーで、言うてみれば純度のようなもの。
一方で、自分を信じることというのは、自愛の基礎の上に立つ強さのエネルギーのように感じています。
『愛する』は奥が深いけど、割とイメージしやすいと思う。大切にする、慈しんで守るというようなことだよね。
でも『信じる』って、具体的にどういうことか掴むのが難しくない?
信じるということが試される場面というのは、何か不確定なことが起きて、だけれどもその先のより良い未来を信じる。
みたいな事が多いと思う。
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不確定なのに、どうやったら信じられるの?
いろいろな根拠を探しては捨て、探しては捨て…しまいには信じられなくなる事もある。
できると思っていたのに思うようにできなかったとか、成果が出なかったとかね。
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私の場合、病気によって『信じる』を試される事が多かったと思う。
病気になった時点で、自信って大きく失われるものだと思う。
私は10数年前に甲状腺機能亢進症になって、自力で薬を止めて一年以上が経った。
これまでずーっと飲み続けてきた薬を断つことは、悪化するのでは?という不安と闘って、とにかく自分を信じ続けなくてはいけなかった。
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そして、昨年11月から続いていたじんましん。すでに慢性化と呼べるくらいに日常的に出ていた。
初めてこんなに長く、そしてこんなに多くのじんましんが出て『もしかして何か悪いところがあるのではないか』という心配もあった。
それでも、ここへ来てようやく、じんましんがほぼ出なくなったのは、やっぱり自分の身体を信じ続けられたからだと思う。
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“信じる”って何なの?
と宇宙に問いかけてみたら
帰ってきたのは『待つこと』だった。
“信じる”と”待つ”が繋がらないんだけど、どういうこと?
信じる=希望する未来 があるということ。
そしてその間には時間差がある。
この世界では、実現するまでにどうしても時間がかかる。
その時間差を待つこと・待てること=信じること
なんだそうだ。
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わたしは待つことが苦手だ。
思ったらすぐに実現してほしい。(みんなそうだと思う)
でも地球には時間というものがあって、それを飛び越えることは難しいんだそうだ。
(それでもその人の意識レベルによって、実現までの時間は短くなることもあるそう)
その時間を信頼して待てるならば、希望は実現する。
待つ間重要なのは『私なら大丈夫』という気持ちを持つこと。
人に対して希望を持つならば『あの人なら大丈夫』と思うだけでよく、あれこれと思いを巡らせるのは返って良くないみたい。
宇宙は思いもしない方法で、実現させたりするから、希望までの道のりをあれやこれや思案するのは、逆に実現を遅くしたりする可能性がある。
だから信じたのならば、あとは安心の気持ちで待てば良い。
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ただ待つ。
ある意味苦行だよね笑
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じんましんがこの2ヶ月出ては消え出ては消えしている間、わたしは最初身体を信頼せずに、あれこれ模索していたんだよね。
市販薬(飲み薬と塗り薬)、漢方しかりサプリしかり。塩を飲んでみたり重曹を飲んでみたり。塩風呂に入ってみたり水をたくさん飲んでみたり。
その瞬間は少し体調が良くなっても、長続きしなかった。
で、最終的に何が効いたか?
心と身体をしっかり休めること。
押してダメなら引いてみなってことで、食事のバランスを見直しタンパク質を多く摂って、運動をして、そして良く寝た。
これを3週間続けたら、快便になって循環が良くなり、最終的に皮膚からの排出が終わって、全体が強くなったのかもしれない。
結局、ある程度時間が経ってみないとわからないことってたくさんあるよね。
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信じるとは、待つこと。待てること。
待つ間は、きっと大丈夫だと思っていること。
これが、病気を治すコツ。
それでは、またね。
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