魂の奥にあったのは‥感情のない世界だった

魂の奥にあったのは‥感情のない世界だった

こんにちは。さきちです。

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いろんな人がいろんな事を言う

このスピリチュアルの世界で、

真実は結局のところ‥

自分で見つけるしかないと感じます。

でもそこが面白くもあり、探究しがいのある点だと思います。

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自分で腹に落とせたことこそ、

そのことだけが己の真実。

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かたい話はここまでにして笑

私は今日、仕事に没頭していたのですが

午後になって少しの間瞑想をしていました。

(寝転んで笑)

そしたら心と魂の違いみたいなものが急に映像で浮かんできたんです。

心は感情を感じるもの

魂はその奥にあって、全てを包み込めるもの

心は魂から飛び出るようにして、感情を感じようとする。

それがある種これまでの役割だった。

ただ、心は魂に包含されている方が実は人間にとっては良い。

心は魂から剥き出しになって単に感情の受信機になっていると

正も負もなく全てのエネルギーを受け思考を使ってどれかの感情に分けたりジャッジしたり、対処方法を考えだしたりする。

際限なく続く情報の流入に対処し続けて疲弊する。

一方で心は魂の中にすっぽりおさまることもできる。

心を魂の中に引っこめると

心の外側に魂の厚い壁ができる。

魂は負のエネルギーを跳ね返すことができる。

不要なエネルギーを取捨選択することができる。

心は余分な働きをせずに、休んでいることができる。

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そして、ここからが新しい発見なんだけども

魂は基本的には愛の波動なんだけども

それはある程度、エネルギーを感情として感じる部分が否めません。

幸せとか穏やかとか平和とか安心とか

人にとって心地の良い波動として感じています。

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だからここに居ることが人間としては

ある種とても人間らしく、それでいて心地よく過ごすことができる位置であると思います。

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実は魂には、その奥があります。

そこへ行くと‥

まるで別世界で

音もなく、ただまぶしすぎる光があるだけ

白か黄色のような光で、

どこまで広がりがあるかもわからない場所でした。

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そこに行くと、まるで感情はありませんでした。

機械的とも言えるような。

私が思い描いていた『愛』とは一線を画する

言うなれば『無』の空間。

もちろん誰もいない。

風もない。音もない。

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この場所は一体何をする場所なのだろうか?

現実を創造(もしかすると消去するような)する場所なのかもしれない。

不要な感情を

まるごと消し去ることができるような‥

ある意味恐ろしい感じがした。

なぜかというと、人間らしさのないAIのような感情のなさを感じだから。

ここに行ったあと、しばらく表情が戻せなかった笑

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魂の奥にあったのは

まぶしくて音のない光の世界だった。

でもある種、

愛とは正反対にある”機械的な感じ”がする場所でもあった。

愛も感謝も超越してる感じがある。

何もない。

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不要な感情を光に変えることができるという感じがする。

光に変えるというより、まぶしすぎる光に飲み込まれるような感じがした。

消滅。

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この光の空間は、

愛の先(愛の続き)にあるように思ったけど、

もしかしたら全く別の場所にあるのかもしれない。

良いも悪いもなく、

全ての現実がここで創造されている‥?

人間が立ち入ってはいけない気すらする。

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でもこの光を心に抱く時、

果てしない静けさがある。

そう、静けさがもしかしたら一番この場所を表すのに必要な言葉かもしれない。

感情に心が揺さぶられて仕方のない時は

この光を思い起こすのが有用だと思う。

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なにせ、恐ろしいほどに何もなかったから。

いつもは雲っぽい地面とか、ちょっとした物質のようなものが見えるのに。

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不思議なんだけど、目を閉じていない方がこの場所は感じやすい。

(もう一度そこに行ってみる)

うん、やっぱり空間がとらえられないや。

魂の奥には、果てしなく静かで

ありえないほど光っていて

それでいて無機的な感じがする場所があった。

もしかすると

魂には2つの層があるのかもしれない。

愛を感じている有機的な層と

その奥に広がる無機的な層が。

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