すでにある、いつもある、変わらずある。

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今朝、急にわかった。

タイトルにあること。

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すでにある、は

もしかしたら理解が難しいかもしれない。

言葉にすると

ちょっと感じたこととズレるかもしれないけれど

感じた周波数を維持できるようにして書いてみる。

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私がわかったことは

「なりたい自分」があるとすれば

それはもうすでにあって

今がどんなにそこと離れているように感じても、

そこにいく過程を

ただ楽しんでいるということ。

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また

欲しいものがあるとすれば

それは手に入れなくても

すでにもうある。

手に入れているかいないかは問題ではなくて

あるんだとわかること。

ここがポイント。

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この手に持つ、ということをしなくても

あるな、とわかること。

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自分のものにしなくても、

豊かさはいつもそこにある。

それを、感じ取れるかどうか。

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豊かさとはそもそも

自分のものだけにはできないもの

なのかもしれない。

自然はいつもそこにあり、

どんな人にも

どんな時にでも

同じ佇まいで

同じ豊かさを人に与えてくれている。

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この身体があり、五感を感じられること。

確かに『自分がここにいる』と思えること。

ジタバタすることさえも。

私たちはむしろ…豊かさの中にしかいないんだ。

これが今朝私が感じたこと。

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もしも『ある』がわからないなら

この身体がないと想像してみて。

私たちは大切な人に触れることも

声を聞くことも

匂いをかぐことも

好きなものを味わうことはできない。

風を感じることも

太陽のあたたかさを感じることも

大地に立つことも

誰かに声をかけることもできない。

だから身体があることは何にも変え難いこと。

そしてこの身体は自分のもののようで

自分のものではない。

この世を終える時期を私たちは決めることができないから。

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夢や希望、理想の自分も

欲しいものも

この幻想の世界の中に

すでにすべてがあり

今すぐそれにならなくても

なれなくても

手に入れていなくても

それは永遠になくならなくて

いつでも待っていてくれて

私たちはその過程を楽しんでいる。

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自分のものにしなくても

豊かさは感じられる。

これが『すでにある』の正体なのかもしれない。

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