【究極】覚醒しなくていいし、目覚めなくてもいい。
- 2023.07.01
- 2023.07.06
- スピリチュアルな世界

こんにちは。さきちです。
タイトルのとおりなんですけども。
この1年半くらいスピリチュアルを研究してわかったことは、
『自然体こそ最強で最高そして最善』
だということ。
これ以上はもう言うことはないです。
なんで、今回のブログはここで終わり。
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な~んて不親切な( ̄▽ ̄)
ことをするわけはありません(笑)
自然体に行きつくまで~わたしの場合~
では、私の経験をお話してみます。
まず
「誰かのための自分を生きてきたのではないか?」
という違和感に何とな~く気づきます。
そして
「今までとは180度違う、何か別のことをしてみよう。」と思い
「何かを手放し、何かまた別のものになろう。」と考え
最終、
「”ありのまま”でいよう。」
こんな流れを踏んできました。
でもね、それでも結局、、、
今思うのは、
人が言う”ありのまま”に違和感を感じているまま過ごしているならば、
それは全然意味がなくて
その人にとって最も”自然体な状態”こそが
最善であり最高、最強なんだ!!!
ということ。
※ここでいう『ありのまま』は、自分以外の人が言ういろいろな”ありのまま”を言っています。
他人がいう”ありのまま”に違和感を感じるまま、その状態になろうと頑張っている状態を言います。
一方『自然体』とは、自分が気持ちよく、心からふんわり幸せでいられる状態を言います。
純100%のその人にとっての自然体
一口に『自然体』といっても漠然としていますが
具体的には、『心と体にストレスがない状態』を指すと思っています。
例えば世間ではヨガや瞑想が良いとされていますが、
これらの方法(いろんなメソッドが数え切れないほどあるけれど)は、絶対に人それぞれに合う・合わないということがあり、
100%全員に合う方法などないということをまず念頭に置く必要があります。(めっちゃ大事)
私もヨガをしているけれど、必ずしもポーズを取るヨガが良いとも思いません。
身体の硬い人がヨガのポーズをすること自体苦痛だと思います。
その場でゆったりと呼吸をするだけでもヨガですし、
それが最適な人もいます。
『そんなのヨガじゃないよ!』と他人に言われたとしても、
それがめちゃくちゃ心地よくて、すんなり自然体に入ることができる方法なんだとしたら自信満々でそれを続ける必要があります。
他人の評価なんてなんのそのです。笑
瞑想だって、「合う・合わない」があります。
座ったままするのか、歩いてするのか、それだけでも違います。時間だって人それぞれです。
瞑想しない方が元気でいられる人もいるくらいです。(鬱の人が瞑想方法を間違えるとますます深刻になることがあります)
しっくりくる濃度を上げる
その人にとって自然体に戻る方法は多種多様ですから、それをどうにか自分のものにする必要があります。
ピンとくるとか、しっくりくるとかいう言葉で表されたりもしますが、
そのしっくりの”濃度”をしっかりと自分で見極める必要がありますし
その判断には、多くの人の意見に流されない己の強さも必要です。
たとえみんなが揃って良いと言っている方法であっても
自分にとってNoである場合(なんかちゃうなぁ〜という違和感や気持ち悪さがあるとき)は、その方法をばっさりと切って良いのです。
また、ゴリ押ししてくるその人自身を切って良いのです。
すべて切り捨てずに、自分なりにカスタマイズするのももちろんOK。
ストレスについて
もしもストレスを緊張と同視するならば、「ある程度のストレスは人に必要だ」と言われることがあります。
例えば、レース前の緊張や発表会前の緊張などパフォーマンスを上げるために「緊張が必要だ」と言われるようですが、これは緊張というより集中が必要なのだと感じます。
緊張のあと弛緩すると、筋肉もよりリラックスする事が知られていますので、もしかしたらこのステップのために短時間の緊張が重要なのかもしれません。
通常、一般的な意味で言われているねっとりしたストレス(脂汗出るような不安とか、過度なプレッシャー、重たすぎる責任感、自己犠牲を感じる事柄、ひたすらの我慢、抑圧的な上下関係、極端なダイエットなど)は、なければない方が良いのは当然ですよね。
これらのストレスがかかる状態の行く末は、満足いく結果が出なければ「情けない」「不器用」「要領が悪い」「使えないやつ」などの自己否定につながるし、
たとえ満足できる結果が出ても次、その次という渇望感が消えないからです。
こういった気持ちは、心のどこかに常に負荷をかけ続けています。
これらのバイブレーションはやがて自らを攻撃したり、病気につながるようなエネルギーのエサになるようにに感じています(体験済み)
自然体で生きる方法は人それぞれでいい
「ストレスに耐えてこそ、我慢してこそ、辛いときを乗り越えてこそ人生」
というのは、どうも人間が考え出したいわゆる”土の時代”(昭和・平成の大部分)に合ったもののように感じます。
しかし、もしもこの考え方がしっくりくる!めっちゃ自然体でいられるねん!という方はこれを自信をもって採用して良いのです。
それがその方の自然体だからです。
己の自然体はあくまで己の心で決めるのです。
ゆるくない考え方が、自分にとってはめっちゃ自然体の人もいるはずです。
私はストレスは極力少なくした方が自然体でいられるので、ストレスがない生き方をしたいと願っているだけなのです。笑
「いま自然体でいるなぁ〜♡」
と感じる時の自分のバイブレーション(肌感覚)を覚えておいて、それらを再現できるようになれば、それはもうあなたの人生にとって最強の『取扱説明書』を手に入れたようなもんです。
わたしもこのバイブレーションの再現に、今後の人生を賭けたいと思っています笑
自分にとってストレスがなく、自然体で笑っていられる日々を生きることが最高なのだと、
そのことを自分に経験させてあげることこそ
自分にとっては最高で、最強で最善だと感じる今日この頃です。
でも昭和が染み付いてて、ときどき激しい山を登りたくなるのも事実です。
そんなときは山を登らせてやるのも私の自然体なのかもしれません。たとえ途中で山を降りることになってもね。それでもその経験は自分の宝物ってことで。
“自分が何に幸せを感じるか”
“どんな風にしていると自然体なのか”
そのことだけにフォーカスしていたいと思っています。
真の幸せは、
考えるな、感じろ。
これに尽きますね!( ◜︎◡︎◝︎ )
最後まで読んでくれてありがとう。
では、またね。
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